グレーは淡青 hellblau - 思い出、眼と健康

グレーは淡青 hellblau

 
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記事の字が大きいのは一昨年から目を患った私が見やすいためであります。また読者(同じ年代のシニア層ではないかとの独断ですが)にもきっと読みやすいとおもうのですが

いかがですか?

映画『めがね』をみたのは京都みなみ会館ではなく、三条商店街をちょっと入った所にあるかなり大きな映画館だったことをメガネを拭いていて突然おもいだしました。

新しいメガネは3ヵ月後に作った方がいいと医者にいわれたのですが少しでもいい視力で上海旅行をしたく「めがね」の開演時刻まで間があったので近くの古風な眼鏡屋で気に入ったフレームがありドイツに比べるととても安く映画を見ている間にできるというので新調したときにもらったメガネ拭きだったので私の思い違いがわかりました。

ふー、ほーっと、あー疲れた。

写真はクリックすると拡大できるの(第1回のコーヒー屋クリックしてみて)に文字は読む人に合わせて大きくすることができませんね?まだまだ開発の余地ありです。

さて写真は昨年の10月に京都で作ったメガネと今年の1月に記事で紹介した近くの映画館の前の例のめがね屋で作ったものとこのメガネにかけるサングラスです。映画『めがね』にまつわるものでした。


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家族に同じ干支がいると幸運をもたらすと聞いたことがあります。

長女が生まれた時、あと3週間遅ければ父と同じ猪年になっていました。母は辰年龍、私はご存知(知らないかー)兎年うさぎ、祖母は子年ねずみ(生きていれば108歳)、姉は丑年牛。少しだけいつも運に見放されているのです。待ったー ジャジャジャジャァーンー!? 
祖父と弟が同じ午年馬なんで家は安泰でした。

母はつわりがひどい人で子どもを生むのは辛かったようで跡取りの弟を産んでお役目ご免をしました。私もつわりがひどく長女の時半年死んでいました。友人のお母さんは「一人っ子は可哀想だからもう一人頑張りなさい」というのにうちの母は「一人でよかたい」。

自分が辛い思いをしたのでさすが女だからこそわかるとずっと想っていました。すると倒れる2年前ぐらいにひょんなことから真実がわかりました。「何人も孫連れて出戻りされると困るけ~ん」ということだったのです。真実は辛かー トホホで~す。

今日は写真サービスなし、
はよう買物(食料確保)いかんとー 
テンポ!テンポ! チュース



 
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光に敏感な私は前からよくサングラスをかけています。こちらでは目立たないのですが日本ではある種の人に分類されるようで通りすがりの人にジィーと観られることもしばしばでした。往年の女優さんに間違えられているんだと悦に入ったりな~んてー、姉は目立つことが大嫌いなので“あんたは知らん人”の態度をされへこむ妹なのでした。

「日本の名医はどうなったーん、わたしゃその話ば聞きに来たとばってん」とばーさんの小言が聞こえました。そうだ!コメントの字は大きくなりましぇーん、ごめんしゃーい。
皆様からのコメントのお返事は記事かそちらに伺いますね。

これから本題です。

一昨年のことですが、こちらには珍しい暑い夏で次女がアルスター湖でヨットの講習を受けていて送り迎えをしたりで忙しくしていた日のことです。突然左目の下半分ぐらいに灰色のスクリーンが下りたようになりました。網膜剥離という診断ですぐに入院(5日間)して手術①をしました。それから3ヵ月後にシリコンオイルを抜く手術②の後すぐに再剥離でまた手術③で半年後に手術④が控えていたのです。

しかしこのまま半年待っていていいものだろうか、医者に対する不信感もあり最悪の失明という予感さえ持ち始めました。

それから眼を守るための私の戦いが始まりました。

私の武器はインターネット!!!

ごめん続きは明日で!


 
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お早うございます。こちらは快晴で気温も上がりそうで
今日開催のハンブルクマラソンの皆様ご苦労さん。

さて私は戦いの顛末を皆様にお話しするために着物など着て高座にあがりました。2006年12月5日の3回目の手術を終え楽しい行事が多いクリスマスの時期なのに眼はもうかなり見えなくなり不安で眠れぬ夜を過ごしておりました。クリスマスに次女に専用のコンピューターをプレゼントすることになり片目で機械の前に座る時間が長くなりました。

網膜剥離、Netzhautabloesung、Detachment of the retina、Decollenment de la retine(これはナーイ)と検索したのです。そこでたどり着いたのが○先生のご親切な助言(大阪在の旧姓でメールをだしていて、先生からの電話を姉から知りました)、○○先生の的確な所見とご紹介、そして○○○教授の素晴らしい手術でで失明を免れ60%の視力がでることになったのです。1回目の手術がよければ90%のはずでした。

ハンブルクNKHのただ威張っているだけで技術がないビーガン教授を医療ミスで私は訴えたかったのですが同業の旦那(失望、もうたよれん!)が渋るので断念しました。入院している時、教授専用の待合室で同席して話していた患者さんたちが哀れに思えるこのごろです。

網膜剥離 

原因はまだよくわかっていないようで、20代、50代後半に多発していて、極度の打撃たとえばボクシング等のスポーツでも起こる。たしか「ミリオンダラーべィビー」でも最後は眼も見えていなかったなあー。糖尿病患者、そして近視の人になりやすいようです。

過酷な受験勉強で近視になった私(オイオーイあんたは違う原因だベー)の戦いのお話はこのへんでー ちょと疲れたのでコーヒータイム  チュース




 
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前に書いた記事(日本の名医)でこちらのひどい医者をあげましたが、3回目の手術の後名古屋の安藤先生のご親切な助言(急いでオイルを抜くべきだ)もありハンブルクUKE のリッヒター教授の診察を受けました。彼が前手術のミス(硝子体の取り残し)を指摘したのです。そして他の医者の尻拭いはしないのが医学界ですが親切にも1ヵ月後なら手術するということでした。しかし彼なら手術は安心かもしれないがこちらの入院生活(いままでお産の時だけ)は私には苦痛でしかなく日本でという選択になったのです。ドイツ医学界の名誉のためにここに記します。

さて今日は端午の節句、こどもの日、早くからできた祝日で好きな日本の祝日です。まあー 休みだったらどんな祝日でもいいんですけどねー。朝ベットからすぐにでたくない時私はラジオを聴きます。

先日「虹の声」という番組で子どもにこんなことを聞いていました。

「きみたちがいまOPA、OMA(じーちゃん、ばーちゃん)だとすると孫たちにどんなことするか?」

お小遣いをもっとあげる!、お菓子をたくさん買ってあげる!、遅くまで起きていていい!、テレビ、ゲームを何時間でもさせる!不満の裏返しの声がほとんどだったのですが、

ひとりいたのです?!

すべてを満足させること言うこどもが

僕は僕の孫になりたい!



 
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うちのご先祖様は代々漁師でそのもっと代々代々代々と100個ほどいくとどうも海賊だったとおもわれます。

というのは家の女系の古いお写真を見ると皆さんかなり美人さんで、面識がある祖母は東山千栄子(映画『東京物語』でお母さん役の女優)に似た気品のある方で、母は津島恵子(映画『七人の侍』で可憐な娘を演じた唯一の女優)のような懐かしい美形なのです。

海賊がやんごとなきお姫様を攫って妻にするというあの映画のパターンを思い出すからなのです。

それで「あんたも美人といいたいのか!」と突っ込まれるとオタオタ(また変なこと書いちゃったー すぐ削除して別の記事に差し替えようと思案中?!)なんですが、そうであれば(美形の代々が続いていれば)ヘルブラウは憧れの女優業をしていてずっと夢の中の世界を彷徨っていることでしょう。女性週刊誌なんかに取り上げられる時はこんな但し書きが必ずつくのです。

あのなつかしの演技派女優ヘルブラウ?!


たわごとにお付き合いただきありがとうございました。
お詫びにお花の写真でも。。。


林檎の木の下から南側の方にはホドりンドレン(たぶん芍薬)が咲いています。
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上の花は日本名石楠花(しゃくなげ)ということが判明しました。


今年初みえのモグラの丘
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島国わが同胞のスポーツはやはり水泳ですたい!

日本の友人の旦那様は古式水泳法を昔からされていた方で彼が泳ぐ姿はまだ観たことがないのですが想像するに速さを競うものではなく目的のために泳ぐ、まあ泳ぎながら何かをするというあの映画『ウォーターボーイズ』の源ではないかと。。。

しかし婦女子にはちと向かんなー、ユニフォームが憤怒し(褌、ふんどし)なんばーい!!!

ふんどしといえばこちらでもテレビで相撲場所がみれます。こちらの人は

すもう=ブタ(時々不届き者はブッタ、仏陀) 、

太ったアジア人はすもうなんです。

相撲も婦女子のスポーツではありませんなー 
タンガーが流行り初めのころ一枚買ってはいた時のお尻が心もとなくスーとした感じ思い出してしまいました。

相撲ではふんどしではなくマワシといいます。

なんか変な外人が訂正しています。





シドニーポーラック監督がなくなったとラジオで言ってます。『ツゥーシー』でダステッンホフマンを女装させた人でよく俳優としても出ていたな。。。ヒッチコック監督もチラッとでて遊んでいたな。。。
 
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私が東京で初めて劇場に行ったのは白山下にある(今もあるのかしら)三百人劇場でした。何を観たのかは思い出せないのですが席近くに女優の小川真由美(たしか文学座所属)が一人で座っていました。私は友人に誘われてきていてその一つ歳上の友は好奇心旺盛の私の視線に

「客の一人として来ているんだからそんなにジロジロ見るんじゃねえー」

といさめられたことは今でもくっきりと忘れることができません。それから私はこの男に惚れてしまいました。もちろんむこうさんも私を劇場に誘うくらいですから悪い気などはありゃしません。
(このおばさんちょっと惚気ているようです。)

それから2度目は市原正親(篠原涼子の旦那)の初舞台でギリシャ神話をテーマにした「エクウス」をできたての渋谷のパルコ劇場で観ました。

そして3度目はこれは長くなりそうなので次回にします。


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3度目の劇場もパルコ劇場で高橋恵子(当時関根恵子だった)彼女の初舞台で最期の公演を観ました。その次の日彼女は舞台をすっぽかして愛の逃避行をしたのです。たしか東南アジアへ無名の恋人と一緒に飛び去りました。

その公演の時は彼の友人も一緒のトリプルで席に着いたら近くにあの『007』ボンドガールの若林映子杉浦直樹が座っていてこれが驚いたことに杉浦直樹が彼の友人に「やあー、○○くん」と話しかけてきたのです。現実の世界とはほど遠い人々に囲まれた夢ごこちのへルブラウを想像してください。

でえ、何を観たのかは定かではありません。人形の家、ノラ?、それともテス?、ドラキュラ、吸血鬼?ただ関根恵子のあの鼻がかった舞台訓練ができてない曇った声はなぜかおぼえているのですよー

後でまた好奇心の塊は聞くのです。

「ねえ○○くーん、何で彼等を知っているの?」

「ああー、マージャン仲間なんだけどー」

そしてその後彼に聞くのです。

「○○くん、どこの人?」

「豆腐屋の息子だよー」

馬小屋みたいな幼稚園、小学校から大学まで続けているし、やんごとなき旧家のボンボンかと思っておりましたら豆腐屋さんだったのです。しかし彼が言うにはチリも積もれば山となる豆腐屋さんだとか。。。

セピア色のお話はこれで 完

ーこの物語はノンフィクションで登場人物は実在しますー



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今朝は久しぶりの雨です。
本当に恵みの雨なんです。
庭が乾燥遊牧地状態だったのです。


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幼なじみのNIMAちゃん!(前の記事「皇居の草取り」で活躍雨がやんだらうちの草取り皇居のようには広くないけんに来てちょうだーい!!!

雨の日のセピア色の思い出、

小学校の頃雨が降ると母が傘を持ってお迎えにきていました。ある日、友達のお迎えはもう来ているのになかなか母が来ません???
私は子ども心にとても心配しました。
するといつもの紫陽花のようなお方(その時は神様のようでした)が来られました。私は「なんで早くこんかったん」、すると母は「いつも恥ずかしいけんはようこんでよかー」と言いしゃるけん、そうさせてもらいました。

母のありがたみを思い知らされました。




125年前の昨日(7月3日)フランツ・カフカ(作家)が生まれたとラジオでいっていました。

彼はチェコのユダヤ人でドイツ語で小説を書いた。作品はある朝目覚めたら芋虫とか化した男の心象を表現した「変身(DIE VERWANDLUNG)」、そして「城(DAS SCHLOSS)」も面白い作品です。

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ヘルブラウ

Author:ヘルブラウ
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Willkommen!、 ようこそ!

時々、淡青、浦島花子、赤銅鈴子、ハン子が書きます。

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2008年2月末ブログ開始

真面目には書いていますが
しょせん戯言でございます。

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無断使用は固くお断りします。

個人ブログなのでコメントは
管理人の判断で削除することが
頻繁にあります。


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